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2006.09.07.Thu

free



自由と辞書とそれらに踊らされる大バカ者


今日はこのブログのテーマ(そんなのあったんですよ)の『自由』について書こうと思います。
僕がなぜ、尾崎豊の化身の如く自由を叫んでいるのか?


その前に、自由とは?ってトコからはじめたい。 みんなは自由について考えた事があるだろうか? 「いや、オレにはそんなの関係ねえ。 不自由なんて思ったことねえぞ」って人はもう自由です。 無関心こそ自由なのかもしれません。
「どうでもいい」って人はこれを期に考えてみてはいかがだろうか。



辞書には、
他からの強制・拘束・支配などを受けないで、自らの意志や本性に従っている・こと(さま)。自らを統御する自律性、内なる必然から行為する自発性などがその内容で、これに関して当の主体の能力・権利・責任などが問題となる。



とあるが、僕には全く意味不明だ。 自分でも理解できないのに、なぜ辞書を引っぱり出してきたのか理解に苦しむトコだが、僕の考える『自由』を読む人に押し付けたくないという意味で掲載しておきます。
そもそも辞書なんぞは信用していない。 誰が作ったか知らないが、そいつの思い込みが世の「正解」みたいになってるのが気に食わん! 僕は怒ってます。 個人の感受性を奪うような代物を信じれるか! 僕は興奮しています。
…話が脱線しまくってるので元に戻します。


じゃ、自由とはなんじゃい?と考えるのですが、結局答えらしい答えが出てこない。 自由について考えると「自由」という「不自由」の中で一人迷子になってしまいます。 こりゃおもろい。 こりゃ、こいつと共に人生歩いちゃってもいいかもな。と決意してしまう次第で。



あれ?おかしいなコイツ、はじめの方で「無関心こそ自由」って自分なりの答え出してなかったっけ?と思いのあなた。 ノンノノン。
「無関心」はその「問題」とは向き合ってないわけで、闘ってもないのに勝ったも負けたも無いわけですよ。 それこそが自由なのかもしれないけど。って事です。
僕は闘ってみたいのです。 自由とタイマンを張りたいワケです。 
で、まず手始めにこのブログで自由というテーマを掲げ、姿の見えぬ「自由(不自由?)」に対抗しうる武器でも探そうかなって思ったり思わなかったり(ここらへんはちゃっかり自由)しながらブログを続けます。



生きていて「幸せだなぁ」って思うことは少なからずあったとしても、「自由だなぁ」って思うことってほとんど無いように思う。
いつか自由になれるその日まで。
矛盾をはらんだ戦いの決着は着くのだろうか? 
こう書くとワクワクしてきました。
みなさんも自由について思うことがあれば教えてください。 武器にさせていただきます。




なんか、ちょっと色々ややこしく考えすぎじゃ無いの?って思うのですが、僕は「感じた事」が全てで、頭で考えるのは2の次なんですよ。 「感じて考える」が僕のモットーなのです。 感じた事をカタチ(言葉など)にできるようにと。
いや、カタチに出来ない気持ちを一番大事にしていかないとダメですね。
自由への道のりは遠い遠い…

コメント

2006.09.11.Mon

はじめまして、時々僕のブログ実に来ていただいてるようで、感謝しております。学生さんか?新人社会人さん?のようにお見受けしましたが、それでいいでしょうか?
「自由」今のあなたが、僕が、全ての人が自由だと思います。
仕事でも、学校でも必ず自分の意思の元に行くわけですから、不自由はひとつもないと思います。
どんなに苦しい時、時間がない時でも、選択の自由があります。
どうするかな?やめてしまうか?
しょうがないから行くか!これも選択の自由で、自分が選んだ結果。
世の中に不自由なんてひとつもないと思いますよ。
眠たいから寝る、自分が決めた仕事があるからおきる。
12時が休憩だから食事をする必要があるのではなく、その時空腹で食べたいから食べているんです。
食べたくなかったら食べないですよね!
そう、あなたは全てが自由。
五体満足、見たいものを見て、いきたい場所に行き、食べたいものを食べる。
見たいものを見る為の目が不自由な人もいます。
お互いに頑張りましょう!
私達自由人が頑張らないと、笑われてしまいます。
僕はすべて自由の中で、今しか出来ない、今苦労すると言う道を選びます。1日を25時間にする事は無理ですが、23時間にもしていない人はたくさんいます。
そうならないために!
2006.09.11.Mon

ごめんなさい、コメントの覧、すごく書きにくいです。誤字・脱字等たくさんありますが、許してね!
2006.09.11.Mon

>あつきちしおさん
訪問&コメントありがとうございます。
たくさんの文章をいただき感謝しています。 僕は結構いい年齢ですよ。
そうですね、僕の全てが自由なのかもしれませんね。 世の中には「不自由」が無いのかもしれません。 そう言えるあつきちしおさん、名前の通り熱いですね。
というか、こんなに真剣なコメントいただけるなんて感動しました。 これからもガツガツとコメントいただけるとありがたいです。

それと、コメント書きにくてすいません。 このテンプレート気に入っているのでご勘弁を
2006.09.11.Mon

おもろいな。
僕のテーマでもありますよ、『自由』。
本当の自由は不自由だな、と思います。
上記の方は不自由な自由とおもいます。
叫びたいんですよ「フリーーダーーム!」って。そうゆう僕は不自由です。

僕は「感じた事」が全てで、頭で考えるのは2の次なんですよ。 「感じて考える」が僕のモットーなのです。 感じた事をカタチ(言葉など)にできるようにと。
いや、カタチに出来ない気持ちを一番大事にしていかないとダメですね。
自由への道のりは遠い遠い…
2006.09.11.Mon

>yutakaさん
おっ、同じテーマに立ち向かう仲間に出会えた! …でも「フリーーダーーム!」と叫ぶのは遠慮しときます。それは見とくだけにしときます。
人間一人ひとりに自由のイメージって持っている(いない人もいる)と思うねんな。 自分が自由とはこういうモノだ!と決めつけちゃえば、それがその人の自由になると思うねん。
でも、僕は自分が自由とはこういうモノかな?って思っても、「自由」て制限が無いから自分の答えに自信が無い。 自分の「自由」の「社会」という枠を外してあげると、その枠から自由がとめどなく流れ出て…って気が遠くなるくらい果てしなく追っかけないといけないワケです。 それに年齢(経験)を重ねるごとに自分もモノの見方も変わると思うしな。 もっと色んな事経験して感じなくてはいけないな。
yutakaさん、「本当の自由は不自由」ってトコロの詳細を教えてください。 長々とゴメン。

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